
『パリ時代(1926-32)のポンセ』2020年CHR77443
ギター演奏:ティルマン・ホップシュトックTilmann Hoppstock(使用ギター、ロバート・ラック1983年製)
レーベルCHRISTOPHORUS
収録曲
・南のソナチネ(1932)
・主題、変奏と終曲(1926)
・8つの前奏曲(1929)
・ソナタ第3番(1927)
・<スペインのフォリア>による14の変奏とフーガ(1929)
●レビュー
筆者がティルマン・ホップシュトックの名前を聞くと最初に想起するのはショット出版社から2006年に発売された『原典版ポンセ作品集』の校訂者としてである。この曲集を通して我々はポンセ楽曲のセゴビアの手が入る前の状態、特に<南のソナチネ>と<主題、変奏と終曲>の手稿譜に基づく版を初めて(実際にはメキシコで2000年に出版されたミゲル・アルカサール校訂の『自筆譜に基づくポンセ・ギター作品全集』の方が先ではあるが、メキシコ以外でこの貴重な研究書を入手するのは難しかった)手元に持てるようになったのである。しかもホップシュトック校訂版にはセゴビア・エディションと原典版との比較が詳しく掲載してあり、我々演奏家には必携の楽譜なのだ。そして、ここにレビューするCD『ティルマン・ホップシュトック:パリ時代(1926-32)のポンセ』には、原典版楽譜の校訂者であるホップシュトック本人が、セゴビア版にある変更を行なわなくても全ての音符がギターで演奏可能であり演奏効果も抜群であることを録音により示してくれている。


まず冒頭に収録された<南のソナチネ(1932)>はセゴビアが変更・加筆していないポンセの自筆譜が完璧に残されている数少ない例のひとつだ。上述したアルカサール版にはポンセ手稿譜のファクシミリのみが掲載されているが、ショット原典版の方が綺麗に浄書されているし、明らかにポンセが書き間違えたと思われる発想記号の位置が訂正されている。とはいえショット原典版には運指やスラー記号が付いていないので、ギター学生には敷居が高いのかもしれない。そんな貴兄にはこのCDのホップシュトックによる演奏を模範演奏として、運指やスラーを入れる箇所を研究されると良いだろう。もしくは2027年のホップシュトック来日時に行なわれるマスタークラスを受講されるのが一番の近道かもしれない。ともかくこの<南のソナチネ>の録音だけでもこのCDを購入する価値がある。
2曲目はやはり原典版に基づく<主題、変奏と終曲(1926)>だ。先の<南のソナチネ(1932)>より6年前に作曲されたこともあって、ポンセはギターという楽器の作曲にあまり慣れておらず、演奏が難しい変奏もある。それ故セゴビアによる出版譜ではそれらの変奏(第1、第8、第9、第10)が削除されているのだ。しかし、このCDのホップシュトックの演奏はセゴビアが除いた変奏がすべて演奏可能であり、しかもセゴビアが追加した繰り返し記号を削除したことで、変奏を3つ増やしたとて(第9変奏は難しい第8変奏の簡易変奏なので省いてある)冗長にはなっていない。前述した原典版<南のソナチネ>の演奏と並んで、ホップシュトックによる原典版<主題、変奏と終曲>の録音は決定版であると言って良いだろう。

次に収録されているのは『24の前奏曲(1929)』から8曲を抜粋した<8つの前奏曲>である。これは1981年にテクラ出版から出されたアルカサール校訂の原典版(アルカサールがすべての調で書かれた24曲の前奏曲をあらゆる写本から探し当ててひとつに纏めた労力は敬服に値する)に基づいてはいるが、ホップシュトックの録音では19番と20番を異なる調で演奏したり、ヘ短調の18番においては6弦を半音上げて開放弦をFとしたりとギターでより良い響きや効果を得るために原典に忠実であることにさほどこだわっていないのは上記2楽曲とは異なっていて興味深い。録音されている8曲は 第20番嬰ハ短調(原調ハ短調)、第19番ホ長調(原調変ホ長調)、第22番ト短調、第3番ト長調、第17番変イ長調、第4番ホ短調、第18番ヘ短調、第7番ト長調である。
続く<ソナタ第3番(1927)>でホップシュトックは基本的にセゴビア・エディションの楽譜を使用している(はずである)。というのもポンセ自筆譜アーカイブにあるこのソナタに関する手稿は断片しか残されておらず、アルカサールは「この断片はポンセが作曲を構想していた段階のスケッチだ」としていて、その内容を彼が編纂した『自筆譜に基づくポンセ・ギター作品全集』に掲載した<ソナタ第3番>の楽譜には反映していないからだ。しかしこのCDで聴かれるホップシュトックの録音にはセゴビア版の音とは微妙に異なる響きが第1楽章提示部のレピート時に聴こえる。たとえば第1楽章44小節の和音がそれなのだが、ホップシュトックは1回目はセゴビア版に書かれた和音(短三和音の第2転回形)を弾き、レピート時には違った和音(増三和音の第2転回形)を弾いている。研究家であるホップシュトックのことだ。自筆アーカイブに何かしらの方法でアクセスした結果に違いない(ライナーノーツには「アンジェロ・ジラルディーノに自筆譜を見せてもらった」とある)が、この辺りの詳細については2027年の来日時に伺ってみたいところである。どちらにしてもCDに収録されたホップシュトックの録音が最高の名演である事に間違いはない。
最後に収録されているのは<スペインのフォリアによる変奏曲とフーガ(1929)>からの抜粋で、ホップシュトックは20ある変奏の中から14曲を厳選している。筆者がこのCDのレビューを依頼されて聴き進むうちに現れた第14変奏(ショット出版セゴビア版による番号)の音響効果には驚かされた。そのトリックについてはホップシュトックが書いたライナーノーツに種明かししてあるのだが本レビューでは敢えて言及しないでおく。読者には実際にCDを購入されて事前に種明かしを読む前に音源を聴いてみて頂きたい。ティルマン・ホップシュトックという奏者の持つアイデアに舌を巻くはずだ。
参考文献
1.ティルマン・ホップシュトック校訂『原典版ポンセ作品集』(ショット出版2006年ドイツ)
2.ミゲル・アルカサール校訂『ポンセの自筆譜に基づくギター作品全集』(エトワール出版2000年メキシコ)
3.コラソン・オテロ著ポンセ伝記『ポンセとギター』(Fonapas出版1981年メキシコ)
4.ミゲル・アルカサール著『セゴビアとポンセ間の書簡集』(オフィー出版1989年米国)


●高田元太郎 Gentaro Takada
J.L.ゴンサレス、A.カルレバーロ、E.フェルナンデス、A.ピエッリに師事。第4回スペインギター音楽コンクール優勝のほか、海外ではアランブラ国際コンクール1位を始め主要コンクールで上位入賞を果たす。南米ウルグアイでの留学後にボリビア国立ラパス音楽院ギター科教授を受け持つ。現在、自身と門下生による『アルトフィールド音楽院』(https://altofield.co.jp/)を主宰。スペイン語の翻訳は「カルレバーロ著 ギター演奏法の原理」(現代ギター社)を始め多数。


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