旧・高田元太郎サイトで最もボリュームがあって読み応えがあったのが「ギターエッセイ」でした。このエッセイが消えてしまうのはなんとも勿体無いのでこちらに貼り付けて残しておきたいと思います。まずは「第1部:クラシックギターとの出会い」です。

1-01.8.31. Friday-
僕がギターに興味を持ったのは中学1年の頃。洋楽に興味を持ち、聴き始めたのがビートルズ。少ない小遣いを貯めては毎月1枚ビートルズのLPを買い揃えていった。次第に聴くだけでは飽き足らなくなって自分でもビートルズの音楽を演奏したいと思うようになっていた。
そこで誕生日のプレゼントにギターを買ってもらうように父親に頼んだ。まだその頃はギターにクラシック、フォーク、エレキと3種類あることなど知らずに、父に連れられるまま何故か楽器店ではなくディスカウントショップに赴いた。時計、宝石類、ラジカセ、洋服などが雑然と並べられている店内の奥にギターが数本つり下げられていた。
そこにつり下げてあったのは数本のクラシックギターとフォークギターで、僕はビートルズが弾いているのはこの太いネック、白い弦のギターではなく、あちらのピックガードのついているスチール弦のギターに違いない(これも実は大きな間違いなのだが)と直感的に思った。
しかし父は「お前にこのギターを買ってやる。このギターでいいだろ?」と指を指したのは紛れもなくクラシックギターであった。あの太いネックのナイロン弦ギターである。クラシック音楽もロックも聴かない父からすれば、ギターといえばテレビで目にする「湯の町エレジー」などの伴奏で使われている楽器のことであった。僕は心の中で「僕の欲しいのはこんなギターじゃない」と思いつつも、父の権限には逆らえず「うん、これでいいよ」と答えたのであった。
ディスカウントショップの店員が「ケースはどうしましょうか?ソフトとハードがありますが・・・」と訊ねると、父はあろうことに「ああケース? 別にいらない」と答えたのだった。上野のディスカウントショップだったのだが、父は他に買い物があると言って僕にバスの乗車運賃だけを預けて去っていった。申し訳程度にディスカウントショップの包装紙をペタッと張り付けたむき出しのギターを持って一人でバスに乗って帰れというのか・・・。(続く)
2-01. 9. 3. Monday-
何はともあれ、念願のギターを手に入れた。しかしこのギターはビートルズが使っているギターではない(多分・・・)。どちらにしてもギターはギターだ。しかしただ触っていてもどこがどの音やらわからない。これは教則本というものを買いに行かなければならない。現在なら「クラシックギター関係はGGショップ!」と分かっているのだが、昔はそんなことはまったく知らなかった。とりあえず楽器関係はお茶の水の楽器店街に行けばよいだろうということで、総武線に乗って一路お茶の水駅へ(今考えれば楽器もこの町で買えばよかったのだ)。
あちこち見回しながら歩いていると、楽譜・楽書専門店がある。「ここならギターの教則本があるに違いない!」と喜び勇んで店にはいる。教則本のコーナーを見るとやはりお茶の水のお店、フォークギターやエレキギターの独習本が多い。いまだに自分の持っている楽器がクラシックギターと呼ばれていることも知らない僕はただ独習書に載っている絵や写真で判断するしかない。「自分の持っている楽器には、表面板にタウカン(タウンズ&カントリー)のマークのようなもの(ピックガードのことね)はついてないし、この穴(サウンドホール)の空いてないギター(エレキギター)とも違うし・・・あ、これこれ!」とちゃんとクラシックギター用の独習本見つけました。おおきーく左手、右手の絵が描いてあって(こんな絵に2ページも使うなよ)、p,i,m,aと1,2,3,4の意味も分かった。とりあえず、調弦方法とドレミファソラシドがどこにあるかは分かった。さてと曲の楽譜があるぞ!早速弾いてみよう!
その曲は「キンポウゲ・ワルツ」だった。たかがキンポウゲされどキンポウゲ。ギターを買って1週間も経たない中学生が、一度にメロディ、伴奏、低音を弾けるはずがない。弾けるはずがないどころか、楽譜が読めない。1小節読むのにえらく時間がかかってしまう。
1週間ぐらい毎日特訓して「キンポウゲワルツ」が弾けるようになった(もちろん、つっかえつっかえだが・・・)。そして気づいたことがひとつあった。「僕はこんな音楽をやりたかったのではない!」
3-01. 9. 7. Friday-
そうなのだ!僕が弾きたかったのはビートルズだ!やはりあのディスカウントショップで、この太いネックのギターの横に並んでいた白いボディでピックガードのついたギターを買うべきだったのだ。でも今更もう1本ギターを買ってくれとは言えない。この2つのギターの相違点は何なのだろうか?張っている弦が違ったような気がする。確かスチールの弦が張っていたはずだ。そうだ!今持っているギターにスチール弦を張ればフォークギターになるじゃないか(嘘)!
と思って、もう行き慣れたお茶の水の楽器屋さん街に繰り出した。うぬぬぬぬ、スチール弦と言ってもエレキ用とフォーク用があるらしい。でも僕のギターはエレキというにはコンセントがついていない。エレキギターと言うからには電気コードが楽器から延びていてコンセントに繋いで音をだすものに決まっている(大嘘)!という訳でフォークギター用のスチール弦を買ってきた。
早速家で太いネックのギター(いい加減に辞めろよ。その呼び方)にスチール弦を張ってみた。早速とは言ったもののかなり悩んで弦を張った覚えがある。というのもギター教本に載っている弦の張り方はクラシック用のもので弦を絡ませて結ぶ(なんじゃいこの表現は)やり方だ。でもスチール弦には丸い金属のリングが端っこにくっついている。頭の良い僕はすぐに(って”悩んだ”って今書いたばかりだろ)「穴に通せばこのリングが引っ掛かるから合理的じゃん」と気づいた。張ってみると、なるほどビートルズの音がする(大嘘)。早速唯一の持ち曲<キンポウゲ・ワルツ>だ!「全然ビートルズじゃないじゃん・・・」(涙)。
4-01. 9.10. Monday-
何故スチール弦ギターを弾いてもビートルズにならないのか?そこでテレビの歌番組でギターを持っているグループを観察してみる。いるいる、うじゃうじゃいる。ギターを持ったアーティスト達が。ザ・ベストテンを見ると、そこにはアリス、紙ふうせん、河島英吾、さだまさしなど世界のトップアーティスト達がギターを弾いてるじゃないか!!
「そうか!ギターとは歌の伴奏に使うものだったのだ!ちんたらキンポウゲ・ワルツなど弾いてる場合じゃない!」と思った僕は行きつけのお茶の水楽譜専門店へ直行だ。丁度上手い具合にアリスとかさだまさしの曲が載っているギター雑誌を見つけた。GUTS(ガッツ)という雑誌で、「ガッツだぜ!」とウルフルズのようなことをいいながら早速購入。
このガッツという雑誌、今で言えば「GOGOギター」のようなもの(ってクラギ系の人は知らんか)で、ピックの持ち方からコードネーム、TAB譜の読み方まで教えてくれる。そうなのだTAB譜というものを使えば楽譜を読みながら、「えーーーーーと、1弦開放弦がミの音だから、ソの音はどこだっけ?1,2,3番目のフレットかあ・・・」などと1音見つけるのに約30秒かける必要もないのだ!これは画期的なシステムだと思いましたね。
載っていた曲はアリスの「今はもう誰も」とか、さだまさしの「案山子」、紙ふうせんの「冬が来る前に」などのフォークソング(ってこの頃はニューミュージックって言っていたかもしれない。でも25年前にニューミュージックだったものは今じゃあオールド・ミュージックって言わなきゃならないのでは?)に混ざって狩人の「あずさ2号」や石川さゆりの「津軽海峡冬景色」まで弾き語りができるようになっている。
律儀な僕はフォークソングが好きなわけでもないのに、掲載されているほとんどの曲のシングル盤を買いあさり、部屋で黙々とTAB譜に向かって弾き語りをしていた。
「上野発の夜行列車降りたときから~」と歌いながら、「これだよ、これ。これがギター音楽だよ!」とご満悦。ビートルズはどこへ行ってしまっただろうか・・・。
5-01. 9.14. Friday-
と、クラシックギターを最初に購入しておきながら未だにクラシックギターの勉強は始まらない。14歳といえば村治佳織さんが東京国際ギターコンクールで優勝した年齢である。将来クラシックギタリストとしてプロデビューする高田元太郎さんがこんなことでよいのか?・・・よいのである。それでこそ“魔性のギタリスト”高田元太郎である。我々の世代では魔性のギタリストといえばトミー・ボーリンである。リッチーではなく断然、富墓林なのである。じゃ何故今、高田元太郎が「魔性のギタリスト」なのかというと、理由はまったくない。自分ででっち上げているだけだからだ。
さてガッツのおかげで、ピックでコードストローク、指弾きでスリーフィンガーもできるようになった。サムピックも買った。しかし魔性のギタリストに立ちはだかった最初の難関(って今までもいろいろあったじゃん)があった。Fコードである。どうしても大セーハの音がでない。当然だった。もともとナイロン弦用のクラシックギターにスチール弦を張っているからだ。あの太いネックに張りの強いスチール弦である。しかもスチール弦の張力でネックは反りまくっていた。僕はすかさず、セーハの練習を積むわけでもなく「楽器のネックが太いからセーハができないんだ」と思った。楽器に責任をかぶせるところなどさすが魔性のギタリストである(こうなりゃ雑誌に「魔性のギタリスト高田元太郎」と書かれるまで書き続けてやる!)。
かくしてスチール弦を張ったクラシックギターは壁に掛けて部屋のインテリアの一部となった。やはりビートルズを弾くにはフォークギターが必要なのだ(おいおい、まだ勘違いしてるのかぁ?)と思った僕は毎月の小遣いを貯金して、自分でフォークギターを購入する決心をしたのであった。
6-01. 9.17. Monday-
太いネックのギターでビートルズを弾くことを断念した僕は、遂にお金を貯めて念願のフォークギターを買うことにした。貯まった金額は確か2万円ちょい。この頃フォークギターといえばモーリスである。お茶の水のギター店でモーリスのギターの価格を見ると、ほとんどが3万円以上している。「あ、これは2万円代だぞ!」と見つけたモーリスギター。よく見るとヘッドに着いているロゴマークがちょっと違う。「マ、マウンテン??」
店員に訊ねると、そんなにモーリスと音は変わらないとのこと。ロゴも僕が間違えたように遠くから見るとモーリスにくりそつである。今思えばモーリスのロゴでさえ、本家本元のマーチンのロゴに似せて作ってあるのだ。グレコのロゴマークがギブソン、フェルナンデスのロゴがフェンダーにくりそつなのと同じである。しかし、そんなことは中坊の僕はまったく知らずに「フォークギターならモーリス」と思っていた。まあ、当時はそれもあながち間違いではなかったのだが・・・。前回の失敗もあったので、今度は忘れずにソフトケースも購入。これでどこへでもギターを持っていける。臨海学校に持っていって、キャンプファイヤーの時にみんなで「岬巡り」を歌ったりもできるのだ!
というわけで家に帰ると、早速購入したフォークギターでGUTSに載っている名曲の数々を演奏する。さすがにFコードは難なく弾ける。さすがクラシックギターはすべてのギターの基本である。これで小椋佳の「さらば青春」のイントロ、「ジャンジャジャーンジャジャカジャン、チャーン」の「チャーン」のF#のコードで音が途切れることもない(ってこの表現で誰がわかるんだよ)。
セーハという難関は克服した。僕はチャレンジすべき新たなる壁を探すため、またもやお茶の水の楽譜専門店に物色に出かけた。「やはりやりたいのはフォークソングではなくビートルズだよな」(と初めて思ってからすでに1年以上経っている)ということで、初めてビートルズの楽譜を探す。「あった、あったビートルズ」と見つけたのはリットーミュージックからでているバンド譜。「ア・ハード・デイズ・ナイト」や「抱きしめたい」などの曲のバンド譜で、ヴォーカル、ギター×2、ベース、ドラム用にそれぞれパート譜が入っているものだ。「これは多分・・・違うな」と直感的に感じとった(おいおい、これでいいんだぞ)魔性のギタリストはこのバンドスコアを棚に戻し、他の雑誌を物色することにした。
そこで目についたのが6人のギターヒーローのインタビューと楽譜を掲載している雑誌で、その6人の中にジョージ・ハリソンが入っていた。掲載曲は「レット・イット・ビー」。「うん、これならドラムとかベースとか余分なもの(余分じゃないっつぅの!)の楽譜がないからいいかも知れない」と思って購入。読んでみると、とかくポールとジョンの才能に隠れがちなジョージのギタープレイについて詳しく書いてあるよい本だった覚えがある。この本で、ジョージがスライドギターの達人だということも初めて知った(なんかこの辺は私いたって真面目に書いてます)。レット・イット・ビーの中間部のギターソロも完コピしてあり、TAB譜を読みながら一生懸命練習した。でもチョーキングが上手くできない。それにこの19フレット辺りはどうしても手が届かない。何故だ!?・・・・そうだったのだ。彼らが使っていたのはエレキ・ギターだったのだ。
7-01. 9.21. Friday-
またもや新しくギターを購入した途端に他のギターが欲しくなってしまった。ここまで読んだ人は「どうせまたフォークギターにエレキの弦を張るんじゃねえの?」と推測するだろうが、侮ってはいけない。僕は後に某大学の理工学部で理学修士となる男である。アコギとエレキの差ぐらい分かる(って最初は穴が空いてないだけと思ってたじゃん)。
ちょうど上手い具合に中学2年時のクラスメートが「お兄ちゃんが持ってるエレキ・ギター全然使ってないから貸してあげるよ」と言ってくれた。いるんだよね、楽器買ったはいいけれど使いこなせなくて家具にしちゃう奴(ってお前も最初に買ってもらったクラギをインテリアにしてるだろう!)。ともかく、渡りに船とばかりに友人に頼み込んで、ついに僕の手元にエレキギターが舞い込んできたのだった。
さてエレキ・ギターを手にしたものの、フォークギターとエレキギターの差は電気で音量を増幅するか、しないかだけだろうとしか思っていなかった。しかもギターアンプなど持っているはずがなく、苦肉の策として考えたのがラジカセのライン入力端子にシールドをつないで音をだす方法。ディストーションやリバーブなどまったく効いていないまさに生ギターではなく、ただの「スピーカーから音がでるギター」だったのだがそれでも僕にとっては充分カルチャーショックだった。
さてエレキで弾くのはさすがに「津軽海峡冬景色」ではいかんだろう・・・ということで愛読書の「ガッツ」で候補曲を物色する。なぜレット・イット・ビーをすぐ弾かなかったかというと、やはりいきなりギターソロなど弾いてはいけないのである。まずは基本から始めなければいけない。タブ譜の読み方、ピックの持ち方、アルペジオの弾き方を学んだバイブル「ガッツ」に答えはあるはずなのだ。ガッツの掲載曲の中からエレキギターで弾くべき曲は・・・・これだ!・・・それはポール・アンカの「ダイアナ」だった。
なぜこの曲がエレキの曲だと思ったかというと、僕の頭の中では 「日本人アーティスト→フォークソング→フォークギター」「外人アーティスト→ロックミュージック→エレキギター」という図式が出来あがっていたからである。だから外人のポール・アンカが歌うダイアナの伴奏は断然フォークギターではなくエレキギターでなければならないのだぁぁぁ!どーですか、お客さん!
というわけで「ダイアナ」が僕とエレキギターを取り持った最初の曲となったわけである。
8-01.9. 24. Monday-
さて僕がレット・イット・ビーにつられて買った雑誌は6人のギターヒーローを特集したものだと書いた。その6人はというと、ジョージ・ハリソン、エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、スティーヴ・ハウ、クリス・スクワイアそれにリッチ-・ブラックモアだった。ジャック・ブルースやクリス・スクワイアが何故ギター・ヒーローなのか、という疑問は残るが、ジミー・ペイジやジェフ・ベックが載っていないところからしても、なかなかマニアックな雑誌だったと言えるだろう。
実はビートルズマニアの僕もディープ・パープルの音楽は知っていた。中学1年に洋楽が好きになった、と第1回の連載で書いたが、それは近くの図書館にあるレコード・ライブラリーでLPレコードを借りることができるのが中学生からだったからだ。最初に借りたのがビートルズのLPを数枚とディープ・パープルの「イン・ロック」だった。ビートルズのLPは図書館にたくさんあるので、有名曲「イエスタデイ」が入っているLPをと思い「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」というタイトルのLPを借りたが、何故かイエスタデイは入っていなかった。
ところで何でパープルのLPを借りることになったのだろう??と記憶のひもをたぐり寄せると・・・そうだった。「イン・ロック」の前に借りたLPがあったのだった。ディープ・パープルのデビューLP、イアン・ギランなど入る前でヴォーカルはロッド・エヴァンスの時代のLP「ハッシュ」である。図書カード(もちろん昔はコンピューターで検索などできない)をペラペラめくりながら曲目検索をしてビートルズの「ヘルプ」を探していたらこのLPがでてきたのだ。ディープ・パープルはファーストLPで「ヘルプ」をカヴァーしているのだ。ヘルプという名前に釣られてディープ・パープルのLPを借りてしまったというわけだ。
ここまでの流れをおさらいすると、「ビートルズのLPを借りたい」→「どれを借りていいか分からない」→「曲目で検索」→「ハッシュが見つかる」→「ディープ・パープルというグループが弾いてるらしい」→「パープルつながりで他のLPも借りる」→「イン・ロックを借りる」。どうやらこういう流れでディープ・パープル・イン・ロックを図書館で借りたらしい。実にいい加減な性格である。後に南米に行きラテン人となる資質はこの頃から芽生えていたのだ。
さて図書館で借りたLPをテープに落とす場合、テープデッキ付きのステレオなら何の問題もないのだが、我が家にあるレコード・プレーヤーは「踊るプレーヤー」である。主に本の付録に付いてくるソノシートなどを聴くためのプレーヤーで、ターン・テーブル台の横に音のでるスピーカー、それに音楽に合わせて踊る人形(笑)まで付いている。まあこの人形は取り外しができるということでほとんど外したままだったが・・・。さてこのプレーヤーには出力端子が着いていない。何故ならこのプレーヤー1台にはスピーカーも着いていて音源再生機としての機能は完結しているからだ。
ではどうやってLPレコードをテープに録音したのか?幸い僕の持っているラジカセはウルフマン・ジャック(覚えてる?)の宣伝していたマイク付きのもので、テープの音楽と一緒に歌えるラジカセだった。もちろんマイク録音もできる。このマイクを手に持ち、プレーヤーのスピーカーに近づけてLPの最初から最後まで雑音が入らぬよう一言も漏らさずに静かに録音するのだ。片面25分の終わり近くになって、腕も疲れてマイクをぐらぐら揺らしながらも我慢し続けた跡に家のチャイムが鳴ったり、犬が吠えだしたりしたときには思わず泣いた・・・。
9-01. 9. 28. Friday-
さて入門書「ガッツ」でエレキの手ほどき(といってもダイアナをコード弾きしただけだが)を終えた僕はいよいよエレキギターでギターソロを弾きたくなった。おりしもフォーク・ミュージック一辺倒だったテレビの歌番組にロック御三家なるものが現れ始めた頃だった。ロック御三家とは「気絶するほど闘牛士」のチャー、「キャンディ・ブルース」の原田真二、「あんたの銃爪」のツイスト(ん?なんか間違ってる?)の3者のことである。これを受けてギンザ・ナウ木曜日が洋楽チャートを放映するようになったりしてTVでロックスターの演奏を見る機会が増えていった。その中でも、日曜朝のテレビ東京(この頃は東京12チャンネルと呼ばれていた。ちなみにテレビ朝日も昔は他の名前だった気がする。テレビ朝日と改名した日の特番でジュリーーーーンの悠木千帆さんが名前を売って、樹木希林と改名したのであった。彼女が内田裕也の奥さんだということは知らなかったが・・・)でやっていた「ROCKおもしロック」という番組がピカイチ(KinkiKidsの片割れのことではない)で、司会はハルオフォン(リード・ギターが小林克己!!)の近田春夫。まだブレイクする前のゴダイゴがほぼレギュラーで、他にもBOWWOW、クリエーション、プリズムなどの生演奏が見られたのだ!!その中にあった人気コーナーが『勝ち抜きバンド合戦』で、高校や大学生などのアマチュア学生バンドが2バンド出演して勝ち負けを競い合うコーナーだ。寺内タケシのコピーでじょんがら節を弾くバンドがあるかと思うと、ジェフ・ベックの向こうを張って泣きのギターを決めるアマチュア・ギタリストもでたり、大いに刺激を受けたものだった。
こういったバックグラウンドもあって、未来のクラシックギタリスト高田元太郎はどんどんクラシックから離れ(ていうか、最初から近づいていないのだが)ロック・ギターにのめり込んでいく。先の雑誌でレット・イット・ビーを制覇した後は、やはり同雑誌に載っていたディープ・パープル「ハイウェイ・スター」の完コピを次の課題としたのであった。
10-01.10.1. Monday-
当時エレキ・ギターを弾くものにとってディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」(若い人には王様の「高速道路の星」といえばわかるかな)はロック・ギターの登竜門であった。ギターソロ後半のフレーズはオルタネイト・ピッキング(ピックをアップ・ダウン交互に動かすこと)の習得なしには弾けず、ピッキングの迅速性、正確さを高めるには格好の教材なのである。このピッキング・テクニックというのも奥が深く、ピックを弦に当てる角度、強さ、速度で音質がかなり変化する。またピックを動かす方法も、手首を固定して腕から弾く、腕を固定して手首のスナップで弾く、手首を固定して指先の動きで弾く、などいろいろである。思えばこの時にさまざまなピッキング・パターンを学習したことが、後にクラシックギターでカルレバーロ奏法の習得に並々ならぬ恩恵を与えるとはこの時は夢にも思っていなかった(そりゃそうだ、クラギをやろうとも思ってなかったんだから)。
ピッキングの話となったので、ついでに書くが高田は現在でもロック・ギターのテクニックをヤング・ギターなどを読んでチェックしている。中学・高校のギター・キッズ時代には使用していなかった、スィープ・ピッキング、エコノミー・ピッキング、ストリング・スキッピング(これは名前が付いてなかっただけでやっていた気もする)、チキン・ピッキング(こりゃあクラギ奏者には簡単)などもやっている。なんといってもボリビアの国立音楽院ギター科教授時代には生徒達とロックバンドを組んでしまったぐらいなのだ。まあ最近の話はこのエッセイでも後に触れることになるだろう(このペースだといつになることやら・・・)
パープルの話に戻そう。ロック・ギター、とりわけリッチー・ブラックモアのプレイに興味を持った僕は次々とパープルの名盤を揃えていった。スピード・キング(hitomiのlove2000のイントロ)やチャイルド・イン・タイムの入った「インロック」、ハイウェイ・スターとスモーク・オン・ザ・ウォーターの「マシンヘッド」、それにライブ盤の「メイド・イン・ジャパン」や「バーン」。買いまくった。聴きまくった。リッチーのプレイもさることながらジョン・ロードのプレイにもはまった。ハイウエイ・スターやバーンでのジョン・ロードのソロなど鳥肌が立つ思いで聴いた。これを聴いてバッハの音楽を聴き始めた人も多いのではないか。しかもリッチーなどはライブ盤リング・ザット・ネックでバッハのロンド風ガボット(リュート4番)を弾いているのである。そしてアルカトラズ・ライブでのインギー・マルムスティーンはリュート組曲1番のブーレを弾いているのである。さらにウリ・ロートは1stソロアルバム(エレクトリック・サン名義)でチャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾いているのだ~~。ロック少年とクラシック音楽の接点なんてこんなもんよ、ほんと。というわけで僕がクラシック音楽に興味を持ち始めたのはディープ・パープルのおかげなのである!
11-01.10.5. Friday-
何の考えもなく、徒然なるままに思いついたことを書こうと思ってはじめたギターエッセイ。「クラシックギターのとの出会い」というタイトルではじめたのに、全くクラギと関係ないロック少年のオタッキーな昔話となってしまった。これでは「ロドリーゴとともに」というタイトルを付けながらいつまでたってもロドリーゴが現れずに昔話ばかり書きつづるビクトリア・カムイさんと同じではないか。まあいいだろう。いつかこのエッセイも誰かが英語に翻訳して「クラシカル・ギター」誌に連載してくれるだろう。
さて中学3年の時、同級生から借りていたエレキ・ギターは(グレコの)テレキャスターだった。リッチーの奏法をひたすら極めるためにはやはり楽譜を探さなければならない。そこで例のお茶の水楽譜専門店に足を運び購入したのは、シンコー・ミュージック小林克巳著『リッチー・ブラックモア奏法』。自他共に認めるリッチー狂で、ハルオフォンのギタリスト小林克巳が全身全霊をかけて著した完コピ本である。掲載楽譜も泣かせる選曲でハイウェイスター、スモーク・オン・ザ・ウォーター、レイジー、チャイルド・イン・タイム、スピード・キング、ブラッド・サッカー、バーンといった主要楽曲におまけとして、ミストリーテッド、キル・ザ・キング、スティル・アイム・サッドまで入っている(我ながらよくここまで覚えているものだ)。そこで知ったことが、リッチーはリッチー・ピックというべっこう製のホームベース型ピックを使っていること、そしてギターはストラトキャスターであることだ。
そうなのだ。ピックはちょっとお茶の水まで足を延ばして買えばよい。しかし借りているギターはテレキャスターである。ロイ・ブキャナンである。ということはトレモロ・アームが着いていないのだぁぁぁ。これはリッチー奏法を極めようとする僕にとっては難関であった。マイケル・シェンカーのようにネック・ベンドをするというアイデアも浮かばず、やはりそこは魔性のギタリスト高田元太郎、いつものようにストラトキャスターを購入すべく貯金をはじめる。折しも高校受験の時期であった。「えーと、合格したら合格祝いが誰と誰からもらえるな・・・」という皮算用は忘れないところはちゃっかりしている。案の定、大した受験勉強もせずに(そうだよなあ、ギター弾いてロック聴いてばかりいたもんなあ)志望校に合格した僕はあっさりと目標金額をゲットしてサンバースト・ボディ、メイプル・ネックのヤマハ・ストラトキャスターをゲットした。ギターアンプもヤマハのかなりでかいやつだった。
と念願のトレモロ・アームの着いたストラトキャスターとアンプを手に入れた僕は颯爽と高校に入学することとなる。これから高田元太郎のギター人生が本格的に始まるのだ・・・。(中学編終わり)
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